
小学1年生から6年生まで、13人の子どもたちが待っている。
チーム名は「ユニフェニックス」。今年、近隣の二つの少年野球チームが合併して誕生したチームだ。
仕事終わりの体は、決して楽ではない。
「体はつかれているかもしれないですけど、苦じゃありません。むしろ、仕事で嫌なことがあっても、練習で子どもたちと過ごすと、疲れがふき飛んでいきます。」
小牧分会の寺澤道治さん、27歳。北海道にある天理教の教会の後継者だ。
天理大学を卒業後、2年間、上級教会に住み込みで青年づとめを勤めた。その後、地元に戻り、現在は病院で清掃の仕事をしながら、少年野球のコーチを続けている。合併前のチームから数えると、指導歴は4年以上になる。
100回という節目に、仲間とともにおぢばへ帰る。式典、前日行事、前夜祭、総会関連企画の情報を特設ページで順次公開しています。
「また次頑張ろう」で終わらせてしまった日

寺澤さんには、忘れられない試合がある。
実力の拮抗した相手との一戦に敗れたときのことだ。
なぜ負けたのか、自分の中でもうまく整理がつかないまま、試合後のミーティングを迎えた。そして、つい「また次頑張ろう」の一言で終わらせてしまった。
「子どもたちは多分、『頑張ったね』とか、『次勝つためにもっと練習しよう』とか、少なくともそれぐらいの一言が欲しかったはずなのに」
その日、いつもなら騒がしい子どもたちが、静かに帰っていった。
次の練習でも、どこか気持ちの乗らないような空気が漂っていたという。
家に帰ってから、寺澤さんは自分の言葉を何度も振り返った。
「ベンチから全員のプレーを見てるんだから、ありきたりな「頑張ろう」とか「もっと練習しよう」ではなくて、一人ひとり、いいところも悪いところも必ず一つは見つけて、伝えないとダメだなって」
それ以来、試合後のミーティングでは、一人ひとりに必ず声をかけるよう心掛けるようになった。
子ども基準で考える
コーチを始めた最初の1年は、教えても、思うようにできない。そんな子どもたちを前に、寺澤さんには「なぜできないんだろう」という思いがあった。
振り返れば、自分自身の経験を基準にして教えていたのだという。監督に相談すると、こんな言葉が返ってきた。
「我慢が大事だよ。時間が経てばできるようになるから、それを楽しみにして教えるのが一番いいよ」
その一言をきっかけに、寺澤さんの考え方が変わった。
「焦りすぎてたんです。自分基準で考えて教えてたので、子ども基準に変えなきゃいけないなって。そこで一回、自分の考え方をフラットにして、一から作り直しました」
それ以降、できない子を見ても「どうしてできないんだ」とは思わなくなった。
むしろ、「こう教えたらできるかもしれない」「次はこれを伝えたい」と、教えたいことが次々と浮かぶようになった。
ただ、何でも教えればいいわけではない。
「聞かれたらもちろん教えるんですけど、自分から言いすぎるのも良くないかなって。できたら自分で気づいてほしい。そっちのモヤモヤはありますね」
できないことへの苛立ちはなくなった。その代わりに生まれたのは、言いたいことがあっても、あえて言わずに待つ大切さだ。子ども自身が気づく瞬間を待つことも、今では指導の一つになっている。
棘のない言葉で

寺澤さんが少年野球の指導で、特に気をつけていることがある。言葉遣いだ。
「怒り口調、命令口調だと、その子は話を聞きません。自分ではわかってるつもりで話してても、子どもたちは全然わかってない。顔を見たらわかるんです」
それは、コーチから子どもへの言葉だけではない。
試合中、ピッチャーのコントロールが定まらないと、子ども同士で「ちゃんと投げろよ」と声が飛ぶことがある。言った本人に責めるつもりはなくても、言われた側には、責められているように聞こえることがある。
そんなとき、寺澤さんは伝える。
「野球はチームプレーだよ」
「自分が言われて嫌なことは、まず言わないようにしよう」
少しずつ、変化は表れている。ミスをした子に「次あるよ」と声をかける子が増え、試合中の雰囲気も目に見えて良くなってきた。
寺澤さんが「棘のある言葉」を避けようとするのには、理由がある。
自身も小学生の頃、心ない言葉に傷ついた経験があった。
言った側に悪気はなかったのかもしれない。
それでも、言われた側の心には残る。
「自分は絶対こういう人間になっちゃダメだ」
その経験があるからこそ、寺沢さんは自分の言葉に敏感だ。無意識のうちに、誰かを傷つける棘が混じっていないか。
今では当時の相手ともわだかまりなく付き合っている。
それでも、「人を傷つける言葉を使いたくない」という思いは、今も寺澤さんの中に残り続けている。
野球の神様と、物を大切にする心
寺澤さんは、子どもたちによくこう言う。
「物を粗末にすると、野球の神様がみんなの味方しないよ」
グローブもバットも、自分で買ったものとは限らない。親に買ってもらったものや、先輩から受け継いだものもある。
人から与えてもらったものを大切にすることは大事なことだと子どもたちには伝えている。
その言葉の根底には、天理教の「かしもの・かりもの」という教えがある。
自分のものと言えるのは心だけで、身体は神様からの「かりもの」だ。
寺澤さんは、その教えを子どもたちに直接説くことはない。
教理の話をするのではなく、自分が大切にしている心を、野球を通して伝えている。
「物を粗末にすると、野球の神様が—」
その言葉にも、寺澤さんのそんな思いが自然とにじんでいる。
「野球の神様」の話をするようになってから、子どもたちの行動にも変化が表れた。
ボールを一つひとつ磨くようになった。スパイクやグローブも、自分で手入れをしてくるようになった。以前は雑になりがちだったグラウンド整備も、少しずつ丁寧になってきた。
「子どもたちは、素直なんですよ。時々、話は聞かないんですけど」
笑いながらそう語る寺澤さんの表情は、どこかうれしそうだった。
平日の職場は、病院の清掃現場だ。
一緒に働くのは、二回りほど年の離れた人たち。休憩中には、仕事の愚痴を聞くことも多い。
自分まで一緒になって愚痴を言うことはしないが、聞いているうちに気持ちが沈むことはある。
ある日、入院患者さんの病室を掃除していたときのこと。
いつも通り丁寧に掃除したつもりだったが、「もうちょっとここ、きれいにして」と言われた。
言われた場所をやり直しても、なかなか納得してもらえない。
何度やっても、また指摘される。
「ちゃんとやっているのにな」
そう思う気持ちもあった。
「けど、その人にはその人の思うところがあるので。自分もそこに合わせられるようにならないといけないのかなって思って。あとはもう忘れようと思って、忘れました」
必要以上に引きずらない。
けれど、嫌な気持ちを手放しただけでは、気持ちが前向きになるところまではいかない。
そんな日の夕方も、寺澤さんはグラウンドへ向かう。
「そのあと練習に行って、子どもたちに教えて。嫌なことを、練習でゼロにするんじゃなくて、プラスにして家に帰る。そんな感じです」
嫌だった気持ちをゼロに戻すのではなく、プラスにして帰る。
体は疲れていても、子どもたちと過ごしたあとは、気持ちが少し上を向いている。
だから、仕事終わりの少年野球は苦ではない。
冒頭の言葉が、ここで少し違って聞こえてくる。
甲子園球児を、このチームから
夢は何ですか、と聞いた。
「甲子園球児を、自分のチームから出すことです」
北海道には、甲子園出場を目指す強豪校がいくつもある。
そうした高校に進む選手を、自分たちのチームから一人でも送り出したい。
そして、いつかはその強豪校を倒す側の選手が出てきてくれたら、なおうれしい。
だからこそ、寺澤さんは野球の技術だけを教えようとはしない。
礼儀。挨拶。物を大切にすること。そして、仲間を傷つけない言葉を使うこと。
野球がうまくなるだけでなく、一人の人として成長してほしい。
小学生の今だからこそ、身につけられることがあると寺澤さんは考えている。
取材を終えて

信仰について尋ねると、寺澤さんは、教会の御用も、おつとめも、「胸を張ってできているとは言えない」と話した。
けれど、「心を澄ます」ことは、必ずしも特別な時間の中だけにあるものではない。
教えたい気持ちを抑えて、子ども自身が気づく瞬間を待つ。
子どもにかける言葉を、口に出す前に一度考える。
道具を大切にすることを伝える。
寺澤さんが少年野球の中で積み重ねている一つひとつには、「心を澄ます」ことにつながる姿勢があるように思えた。
今日も夕方になれば、寺澤さんはグラウンドへ向かう。
そこには、13人の子どもたちが待っている。
澄ましびとインタビューは、日々の暮らしの中で「心を澄ます」工夫をしている青年会員の姿を紹介する連載です。「普通の私たち」の、等身大の物語をお届けします。
次回もお楽しみに。