
石畳の街並み、行き交うフランス語。
日本から遠く離れたパリの地で、小島さんは日々、異国の生活と向き合っている。
お店や電車で見かける案内板にはひらがなもカタカナもない。
日本なら電話一本ですぐ解決する定期券の再発行ですら、フランス語の書類を念入りに準備し、身構えて窓口に向かわなければならない。
「やっぱり、日本にいたときの当たり前はここでは通用しませんね。何か一つ行動するにも、日本と比べてちょっと勇気がいるというか」
と画面越しに穏やかに笑う。
天理教青年会の人材派遣としてフランス・パリのヨーロッパ出張所に滞在し、日本語教師として勤めながら、出張所の御用や青年会活動に励む小島さん。今回の「澄ましびと」は、シリーズ初となる海外からのオンラインインタビューだ。
言葉も文化も違う環境で、彼は自分の心とどう向き合い、「心を澄ます」工夫を重ねているのだろうか。
100回という節目に、仲間とともにおぢばへ帰る。式典、前日行事、前夜祭、総会関連企画の情報を特設ページで順次公開しています。
「本当に怖いのは、言葉の壁より心の余裕のなさ」

「フランスでの生活ならではの、心が濁るような瞬間はありますか?」
そう尋ねると、小島さんからは少し意外な答えが返ってきた。
「実は、言葉が通じないことや、日本に比べてスーパーの店員さんの態度が冷たいといったことで腹が立つことはあまりありません。日本とフランスで文化に違いがあることは最初から受け入れているつもりです。なので、そういったことで不足に思うことは少なくて。それよりも、忙しくなったときの自分の余裕のなさが心を濁しているように感じます」
日本語学校の勉強や出張所の御用が重なると、どうしても目の前が見えなくなってしまう。誰かに何か言われてイライラするよりも、余裕がなくなってしまって、ふとした瞬間に態度に出てしまうそうだ。
「自分でも『あ、今心のほこりが溜まってるな』と分かりますが、余裕がない瞬間は、なかなかブレーキが利きません。周りが本当に温かい環境なので、周りの方が後からこっそり『あれはちょっと良くないかもね』と教えてくれることもあります。自分なりにうまくこなせたつもりでも、後から一人で『あ、良くなかったな』と反省することもたくさんありました」
心が濁りそうなときこそチャンス

フランスに来て1年半。生活のリズムを掴み、どの時期に負荷がかかるかが分かるようになってきた頃、小島さんの中に小さな変化が生まれた。
「最近は『あ、今ちょっと余裕なくなってきてるな』と早い段階で自覚できるようになってきました。それが自分にとって大きな一歩ですね」
自分の心の状態を客観的に見つめ直す。そして、そのサインを感じたとき、小島さんが決めていることがある。
「いつも以上に周りの人に優しくすることを心がけています。『ありがとう』や『ごめんなさい』といったコミュニケーションの基本の言葉をいつもより丁寧に伝えるんです。うまくいかないときは、起こってくることにムカッとしがちです。そういう時ほど1回立ち止まって、いつも以上に周りに優しく接する。そうやって自分を落ち着かせるようにしています」
意識して相手に優しくすることで、心の波は静まり、感情の浮き沈みも少なくなってきたという。
「以前に比べて、落ち込んでも少しずつ穏やかに戻っていけるようになりました。心の回復力が上がってきたのは、自分の中で大きな成長かなと思います」

パリの長階段で掴んだ「生かされている実感」
教えを軸に自分の心を見つめ直す小島さんだが、かつては信仰に対して全く別の感情を抱いていた。
「地元の福岡にいた頃は、宗教の話は友達と一切したことはありません。小学校の近くに教会があって、部活の練習中に夕方になると夕づとめの太鼓の音が聞こえてくるんです。それがすごく嫌で、友達に気づかれないように大声で練習をしてごまかしてました」
転機となったのは天理大学への進学だった。同じお道の仲間と出会い、語り合う中で「自分自身の信仰をちゃんと掴みたい」とフランスへの派遣に応募した。
宗教や哲学を日常的に語り合うフランスで、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教といった異なる信仰を持つ人々と接する中、小島さんは「自分は天理教を信仰している」と胸を張って言えるようになった。何より、異国生活の中でお道の教えは素晴らしいと思うようになった。
そして、教えを頭だけでなく日常で実感するために、小島さんが去年の夏から続けている「心定め」がある。
「エスカレーターやエレベーターを使わず、基本は階段を使うようにしています。通勤路にあるすごく長い階段は、毎日通っていても息が上がってしまいます。ですが、その息切れを感じるたびに、『ああ、今日も親神様から身体をお借りして、生かしていただいているんだな』と教えを身をもって体感できるんです」
一羽の折り鶴と真心が、国境や宗教の壁を越えていく

言葉の通じない異国だからこそ、教えの言葉以上に「真心」が人の心を動かす瞬間がある。
ビザの関係で一時帰国の飛行機の中、隣り合わせたユダヤ教徒の女性と話す機会があった。天理教の教えを紹介すると、彼女は思わぬところに強い共感を示してくれたという。
「『女性が教祖であることと、見返りを求めずに親神様に感謝の気持ちをこめて行うひのきしんの姿勢が本当に素晴らしいね』と言われました。海外の人と話していると、教えの尊さにハッとさせられます」
また、小島さんが教鞭を執る日仏文化協会で、大切にしてい習慣がある。
「学期の最後のテストのときに、僕の生徒全員に、折り紙で鶴を折って手渡しているんです」
異国で日本語を学ぶ生徒たちへ、「よく頑張ったね」との思いを込めて一羽ずつ折る。先日の月次祭にはキリスト教徒の友人が参拝に訪れ、おつとめの姿に「とても綺麗な踊りと音楽だった」と感動してくれた。
「言葉で説明するだけでなく、真心を込めて向き合う姿を見ていただく方が、信仰の良さはまっすぐ伝わるんだなと感じます」
出張所で素直に御用に励む現地の若い2世・3世の仲間たち、そして温かく見守ってくれる長谷川所長夫妻。「僕が心を澄ます毎日を送れるのは、間違いなくこの場所と仲間たちのおかげです」と小島さんは微笑む。
「余裕がないな」と気づくことから

忙しさに追われ、つい周りに刺々しい態度を取ってしまう。そんな葛藤を抱える同世代の青年へ、小島さんはこう語りかける。
「余裕がなくなること自体は、誰にでもあることだと思います。大事なのは、『あ、今自分、余裕ないな』と気づくこと。そして、そういう時こそ、目の前の人に『ありがとう』を伝えてみることじゃないかなって」
完璧に澄み切った心でいられなくてもいい。
濁りそうになったら、立ち止まって、いつもより少しだけ周りに優しくなる。
パリの街で、小島さんは今日も自分の足で階段を登りながら、等身大の歩みで「心を澄ます毎日」を送っている。



取材を終えて
海外で颯爽と活躍する姿を想像していた。しかし画面越しに語ってくれたのは、「忙しくなると態度に出ちゃうんです」という正直で等身大の告白だった。
かつて信仰を話すことができなかった少年が、今や異国の地で胸を張って信仰を語り、長い階段を登る息切れの中に親神様の御守護を感じている。
余裕のない時ほど周りに優しくする。生徒に折る一羽の折り鶴や、丁寧な「ありがとう」の積み重ねこそが、国境を越えて人の心を動かすのだろう。
澄ましびとインタビューは、日々の暮らしの中で「心を澄ます」工夫をしている青年会員の姿を紹介する連載です。「普通の私たち」の、等身大の物語をお届けします。
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