「かつて天理スポーツを彩った選手と熱い対談を行い、彼らの『おぢばの薫り』を発信していきます!一緒に盛り上がっていきましょう!」
これは4年前、伊勢谷スポーツ俱楽部(以下・イセスポ)リリース時に書いた紹介文。最終回の原稿を書きながら心底感じることが二つある。お道は本当に素晴らしいということ、そして私が誰よりも熱量高く盛り上がっていたことだ。最終回では、イセスポを通して私の心に刻まれたお道の素晴らしさと、私の熱量をそのまま綴っていきたい。
ハッと気付かされたお道のすごさ
「天理教の人はまだ『陽気ぐらし』を目指しているんですか?」 あるアスリートからのこの問いは今も忘れられない。「当たり前ですよ」と言う私に、彼は間髪入れずにこう切り返した。「なぜですか? もうとっくに『陽気ぐらし』じゃないですか」
唖然とする私をよそに彼は続ける。 「天理教の人は困っている人がいたら100人中100人が助けに行きますよね。私の地元では有り得ないですよ」 「道にゴミが落ちていたら全員が拾いますよね。こんな所ないですよ」
彼が思う「天理教のすごさ」を熱弁してくれた。天理教に慣れてしまった私は「100人中100人てことはないよな……」と思ったが、高校3年間をおぢばで過ごした彼の目に映っていた天理教は紛れもなく「陽気ぐらし世界」だったのだ。
天理教が「自分の芝」だからこそ伸び悩む芝にしか目がいかない私に対して、彼は青々と光り輝く芝の存在を教えてくれた。「この教えにもっと自信を持っていいよな」「本当に素晴らしい教えだよな」と、私のマインドを180°転換してくれた。昨年11月に教会長になったばかりの私の心を、明るく前向きに照らしてくれている取材だ。

日本一に導いたお道の精神
あるプロラグビー選手との取材は、「天理教は人生を豊かにしてくれる」と教えてくれた。天理高校、天理大学で活躍した彼はトップリーグでプレーをするもけがが絶えず、「引退した方が楽なのでは」と考えていた。そんな彼を支えたのが「一手一つ」の精神だった。
そして、「けがをしたから何もできない」ではなく、「チームのために何かできないか」と考えて、ビーチクリーニング(海岸清掃)を始めた。いつしかけがをした選手はみんなビーチクリーニングに参加するようになり、心を腐らせることなく「試合に出られなくてもチームのためにできることがある」というマインドがチームの文化になっていった。
彼は「ラグビーをしているときだけがラグビー選手ではない。オフフィールドでもラグビー選手でいることができる」と語ってくれた。その取材を行った年、チームは初優勝に輝いた。選手全員のハードワークの賜物であることは言うまでもないが、優勝チームの雰囲気を「お道の教え」が支えていたことが誇らしくてたまらなかった。
おぢばで培われた本当の強さ
「スポーツは強いチームが勝つ」。これは定説であり、私もそう思っている。ただ「強い」にはスキルやパワーといったフィジカルだけでなく、メンタルの強さも指すということを二人のアスリートが教えてくれた。
一人目は天理高校ラグビー部を花園準優勝に導いた代の選手。 彼は1年生からレギュラーとして花園でプレーし、3年生ではスター選手として準優勝を果たし、高校日本代表にも選出された。まさにエリート街道のように思えるが、2年生のときに県大会決勝で自身がペナルティーキックを立て続けに外したことで敗退するという苦しい経験をしていた。
試合後、「3年生に申し訳ない」と悔やむ彼を、3年生は優しく励ました。その日の夜、彼は同級生と集まって「3年生に恩返しするために死ぬ気でやるぞ」と誓い合い、その後の春の選抜大会で初優勝、花園で準優勝に輝いた。人のために力を発揮できる強さがこの代の選手たちにはあった。また彼らは普段から自分たちの意思を同級生で共有して、時には指導者にもしっかりと伝える信念の強さ。そしてグラウンドでの役割を認識して、自主的に練習を反復し続ける強さ。そういう心の強さを持ち合わせていた。
取材後、帯同してくれた青年会本部の仲間がこうつぶやいた。「だからあの代はあんなに強かったんだな」。実は彼は天理高校ラグビー部OBで花園準優勝世代の2学年先輩だ。後輩たちの本当の強さに接したからこその言葉だった。

二人目は天理高校野球部がセンバツ甲子園出場を決めながらコロナで大会が中止になった代の選手。 掴んだセンバツ甲子園をコロナに奪われ、夏の大会も中止。そんな彼らに救済処置として甲子園球場で一試合だけ交流試合が行われた。試合後のインタビューで彼はこう答えている。「最後に甲子園で野球をやらせていただいて、本当に恵まれた学年だったなと自分たちは思っています」
この言葉の真意を知りたかった。 センバツ甲子園がなくなり涙に暮れる日々を送り、夏の大会も中止になり「おれたち何のためにやってきたんだろう」と落胆していた。そんな中、奈良県高校野球連盟主催の独自大会の開催が決まったが、甲子園にはつながらない大会のため気持ちが切れかけている選手もいた。
しかし、同級生でミーティングを行い、目標に奈良県大会優勝、目的に「支えてくださった方々に喜びを与える」を掲げた。コロナのため2か月間外出禁止、グラウンドと寮の往復のみの生活を送りながら練習に励んだ。厳しい環境の中、甲子園のためではなく支えてくださった人のために頑張る日々。そこを乗り越えて見事に奈良県大会優勝を果たした彼の顔には、満開の笑顔が広がっていた。
取材をする前は独自大会優勝の一報に「やっぱり強かったな。甲子園が開催されていたら……」と思っていた。でも取材を通してそれは間違いだと気付いた。彼らには人のために戦える強さ、厳しい環境に耐え抜く強さがあった。そして、掴んだ甲子園を奪われたのに周りへの感謝を口にできる本当の強さがあったからこそ、優勝を手にしたのだった。
夢に溢れた「天理スポーツドリーム」
「天理スポーツには陽気ぐらしに向かう上でものすごいポテンシャルがある」 イセスポで多くのアスリートに触れることで確信したことだ。
堂々とした体躯の彼らは、幼少期に天理スポーツに憧れて純白のジャージーや紫のユニフォームに釘付けになった思い出をはにかみながら語ってくれた。そしてそれは天理高校野球部に憧れて、野球に打ち込み、甲子園に釘付けになった私自身の少年時代を思い出させてくれた。
「子どもたちに夢の世界を提供して、お道の素晴らしさに触れてもらいたい」 それがいつしか私の夢になり、夢を現実にするために無我夢中に走り回った。そして、お道の素晴らしい薫りをまとった選手と天理スポーツに憧れる子どもたちの架け橋になりたいという思いで「天理スポーツドリーム」を開催した。
一回目は天理高校硬式野球部、二回目は天理高校ラグビー部の協力をいただき、合わせて240人の子どもたちが参加してくれた。子どもたちのイキイキと楽しそうな姿がグラウンドに広がり、夢のような機会を提供できたことがうれしかった。そして、野球部員、ラグビー部員が子どもたちのために笑顔で優しく接してくれた姿に、おぢばで育まれた誠の心を感じさせてもらった。天理スポーツドリームで触れた高校生のカッコいい背中、優しい姿を夢見て、いつの日か子どもたちが天理高校を志してくれたら、こんなにうれしいことはない。

次なる夢にむけて
子どものときからスポーツが大好きで、中でも天理スポーツは間違いなく私の人生を豊かにしてくれた。神様が与えてくださった徳分だと心底思っている。その徳分を生かして、イセスポを企画して、お道の素晴らしさを熱量高く発信できたことは人生の宝物だ。
青年会を終えたとき、「もうイセスポを書くことはないんだな」と一抹の淋しさを感じた。それくらいイセスポで得た出会いや学びが大きかった。だからこそ次は教会長として、教祖の道具衆として、イセスポを通して確信した「お道の素晴らしさ」を胸に、自信と誇りを持ってこの教えを伝え広めていきたい。そして多くの方々をおぢばにお連れして、天理の教え、天理に根付く素晴らしい空気に触れてほしい。
これがイセスポへの恩返しであり、私の次なる夢だ! 最後に、支えてくれた妻、家族、青年会の仲間、応援してくれた方々のおかげで突っ走ることができました。ありがとうございました!
伊勢谷和海/ ISETANI KAZUMI
1984年愛知県生まれ。天理高校、天理大学卒業後、天理高校職員(北寮幹事)として勤務。好きなスポーツは野球・陸上・相撲・ラグビーなど多岐にわたる。 2022年3月から「伊勢谷スポーツ俱楽部」を担当。アスリートとの対談、観戦ルポ、イベント紹介など4年間で35本の記事をリリース。また野球教室・ラグビー教室を「天理スポーツドリーム」と銘打って企画して、240人の子どもたちが参加。青年会勇退後、教会長に就任。新たなステージで次なる夢を追いかけつつ、日々スポーツ情報を小まめにチェックする日々を送る。
