〈第1回〉天理ラグビーの申し子/宮本啓希さん×伊勢谷スポーツ倶楽部【後編】「天理の人は凄すぎる!」
天理スポーツの申し子たちに刻まれたおぢばの薫り
天理で6年間過ごした宮本さんは同志社大学卒業後、今年の2月までトップリーグ(ラグビーのプロリーグ)サントリーのメンバーとして東京で生活をしていた。
奈良に帰省する際は、必ずおぢばに参拝に帰っていたそうだが、それはなぜか。
そこには宮本さんが「凄すぎる!」と豪語するおぢばの素晴らしさがベースにあった。
今回は宮本さんの心に刻まれている「おぢば」に迫っていく。
南アフリカを撃破した「一手一つ」の精神
―宮本さんは天理ラグビーで学んだことに「チームの中で力を発揮できる考え方」「助け合い」を挙げていましたね。
ラグビーでは「一手一つ」がとても大事だと思います。
チームで一つのことを成し遂げるために、自分がどういう役割を担えるか、天理ではいつもそういうことを考えていました。
社会人になってから強く感じたのは、サントリーにはいろいろな選手がいて、今までの自分の強みが通用しないということです。
そのときに「チームとして15分の1として評価されるにはどうしたら良いか」と考えられたことが役立ちました。
細かなスキルを絶対ミスしない、ゲインライン(ボールをどれだけ前に進めたか指標になるもの)は少しでも絶対に自分が切る、コミュニケーションを取るなど、自分の色を出すことを考えていました。
大学までの考え方で通用しないのなら無駄だという思いが強かったです。
そのように考えられたベースは天理ラグビーの経験があったおかげでしたね。
助け合いも学びました。
高校1年生のとき、寮生活について私と同級生は同じことで悩んでいました。
そこで助け合うんです。
手伝ったり手伝ってもらったりを無意識に自然とできる。
寮の仕事を終えたからといって自分だけ先に寝ようとはならなかったです。
お互い苦しいからこそ、助け合って一緒に終わろうという気持ちになれました。
―一手一つは大事ですよね。
トップリーグは個人が評価されることが多いのですが、一つのプレーができたことには理由があります。
例えば、ラック(両チームがボールを奪い合う攻防)から良い状態でボールが出て、それを受けた選手が良い状態でボールを持ってプレーをする。
すると試合後、フォーカスされている選手が「前のラックで良いボールが出たおかげです」と言ったりするんです。
ホントにそうだなと思うし、一手一つの精神が大事ですよね。
―ラグビーは一手一つが分かりやすいですよね。
2015年ワールドカップ、南アフリカ戦。天理の宝・ハル(立川理道)がCTB(センター)で出場しました。
後半68分にラインアウトから一発サインで五郎丸さんがトライした場面、あれも一手一つが現れたプレーです。
南アフリカのSO(スタンドオフ)はディフェンスが強くなくて、日本代表は前半からそこをターゲットにして、フィジカルの強いハルがラインアウトからの展開やフェイズ(連続攻撃)でも毎回SOにキャリー(ボールを持って前に進む)していました。
だからSOはディフェンスをずらせなかったんです。
そしてあの場面、ハルが初めてパスを出しました。
五郎丸さんのトライは、ハルが前半からずっと頑張ったから生まれたんです。
ラインアウトでHO(フッカー)堀江さんの投げたボールも完璧、SO小野が走るタイミングもCTB松島がラインに入るタイミングも完璧、そしてハルがキャリーすると見せかけて松島へ出したパスも完璧。
すべてがリンクして生まれたのがあのプレーです。
だから一手一つは大事なんです。
天理で無意識に培った「気付いて人が動く」
―宮本さんは天理ラグビーの魅力は「チームの中で力を発揮できる人材が育つこと」と仰っていましたが、そう感じる理由はなんですか?
「チームの中で力を発揮するのが大事だぞ」って直接言われたことは一度もないんです。
言われるより見て学んだんですよね。
勾田寮の新入寮生は、部屋長の方に付いて準備や片付けなどを学びます。
準備も片付けもみんなでやっているんです。
みんなでやるので、それが当たり前だと感じたんです。
サントリーでマネージャーをしていたとき、「チームの中で自分の動きをしていくことが大事だと思うよ」と伝えていました。
例えば、クラブハウスの風呂が汚いと思ったので高圧洗浄機で掃除したんです。
天理では気付いたら掃除するのは当たり前でしたから。
私が掃除している姿を見て驚く選手もいましたが、なぜ驚いているのか分かりませんでした。
気付いた人がやったらいいことなので「宮本さんありがとうございます」と言われたら、「気付いてたなら一緒にやろうや」と言ってましたね。
これは天理で培った大事なことだと思います。
気を遣うのは大事ですけど、気の遣い方を教えるのは難しい。
それを天理で無意識に学べました。
ラグビーでも、ディフェンスのときにオフサイドしないように横の選手に「一歩下がれ」と言ってあげることができる。
僕は一緒だと思います。
天理は「やっぱりここやなぁ」と思える場所
―社会人で東京に行かれてからは天理に来ることはありましたか?
帰省の度に天理には必ず来てましたね。
神殿入って参拝して回廊を回る。
結婚するときも妻を連れて参拝に来て、天理の説明をしました。
きっと6年間が濃すぎたんでしょうね。
天理を経験している人は振り切っています。
ベースが凄すぎる。
妻にも「天理の人は普通とは違うよ」と言います。
例えば気付かないことに気付く。
ゴミが落ちてるのに気付くと、別に拾わなくていいけど拾います。
それは天理で受けた教育、考え方ですが、周りからは「凄すぎる」と言われます。
その教育は誰かに言われたのではなく人の姿を見て学びましたね。
―天理に来るとどういう気持ちになるんですか?
「やっぱりここやなぁ」となりますね。
しんどいときやうまいくいかないときに天理に来ると気にならなくなる、そういう感覚がありますね。
初心を思い出せるんです。
当時は全てに必死でした。明日はこうなりたい、明日こういうことを覚えたいとか、毎日考えていました。
それがなくなると伸びない。それが初心です。
これは天理で学んだことなので、天理に来ると思い出せますね。
―安心するという感覚もあるんですか?
安心するのはありますね。
神殿に行くと静かで、凄く良い雰囲気ですよね。
みなさん靴をきれいに揃えますよね、とても大事だと思います。
天理の方は自然にされていますけど、天理の外ではあまり見ません。
トイレのスリッパもきれいに揃えているのを見ます。
勾田寮でも絶対に揃えていて、癖になっているんです。
でも天理の外にいるとそういう人を見ない。
久しぶりに天理で見ると凄いな、大事だなと思います。
靴を揃えている人の姿を見て安心を感じます。
天理はそういう場所だと思っていますね。
―ラグビー部の生徒さんは天理が好きですよね。
ラグビー部の子は天理が好きですよ。
私は同志社の監督になりますけど、天理での時間がないと絶対ここに至ってないです。
天理での経験や考えがベースにあって、そこは曲げたらアカンという思いでやってきたので、周囲から「そこまで考えて行動されて凄いですね」と言われます。
けど、そんなに考えてなくて、普通に動いてるだけなのに誉めてもらえる。
それが自然に身に着くのが天理の凄みだと思います。
天理で学べることって反復することだと思うんです。
ここが強さだと思うんです。
スリッパを揃えることも、ゴミを拾うことも反復して身に付きました。
天理ラグビーも反復させて身体に染みつくまでやる、サポートもオーバーも反復なので、それが天理ラグビーに根付いているんです。
しんどくてもラインブレイク(相手の守備のラインを突破すること)した瞬間に動き出す、これは癖付けないとできない。
ここが天理の凄いところですよね。
同級生と共有できた「信じられるもの」
―天理ラグビーの仲間で忘れられない選手はいますか?
八役大治と高橋茂太です。
大治の姿こそ、自分に向き合う姿だと思います。
誰にも真似できない練習をして、自分の強みにして、未だに語り継がれるタックルにつながった。
自分に対して厳しくて心の強い選手だと思いますね。
茂太は中学から一緒でした。
物凄く真面目で、ラグビー以外も真面目、部屋もきれいで几帳面でした。
茂太は練習が終わってから毎回キックの練習をしていました。
そして彼のロングキック、ハイパント(高く蹴り上げるキック)がチームの強みになったんです。
そういうことを、シーズンを通して続けたのは凄いと思います。
―宮本さんの話を聞いていると、同級生の仲がとても良いですよね。
同級生は仲良かったです。
レギュラー15人中14人が同級生でしたから、ずっと一緒にいたんじゃないですかね。
先輩たちに恩返ししたい一心で、全国制覇目指してスタートしましたけど、実際センバツで勝つまでは信じるものがないんですよね。
そこでセンバツで勝って、信じるものが形になって、これでいけるとギアが上がった感じです。
結局信じられるものがあったからこそなんですよね。
―伊勢谷の振り返り―
「宮本さんはお道の人ですね」
取材を終えて青年会本部に戻る車中、帯同してくれていた青年会本部の係員が何気なくそう言いました。
ハッピも着ていない、教語を多用することもなかった宮本さんと半日過ごした彼は、なぜそのように感じたのか。
そのヒントが宮本さんとの対談の中にありました。
宮本さんは社会人になってから、何気ない行動が周りの人に賞賛してもらえるようになりました。
そのベースは、天理での生活のおかげで、誰に言われたわけでもなく自然と無意識に身に付いたと仰っていました。
素晴らしい行動が意識せずとも身に付いていくと同時に、お道の薫りも無意識に培われていったのではないか、そのように感じました。
そしてその薫りは宮本さんが係員に言葉で伝えたのではなく、無意識に伝わっていたのだと思います。
取材後、宮本さんと一緒に神殿で参拝をしました。
殿内への昇降、また基壇の昇降の際に必ず一礼をしていた姿。
これも無意識に刻まれた宮本さんのおぢばの薫りではないでしょうか。
(文=伊勢谷和海写真=廣田真人)
宮本啓希さん/HIROKI MIYAMOTO
1986年奈良県生駒市生まれ。幼少からラグビーをはじめ、天理中学へ進学。天理高校ではFBとして活躍、3年時に春の選抜大会で優勝、花園では準優勝に輝く。高校日本代表にも選出される。同志社大学でも活躍して、卒業後はトップリーグの強豪サントリーサンゴリアスに加入。2018年に現役引退後はサントリーのマネージャーを務める。2022年同志社大学ラグビー部監督に就任。
伊勢谷和海/ISETANI KAZUMI
1984年愛知県生まれ。天理高校、天理大学卒業後、天理高校職員(北寮幹事)として勤務。好きなスポーツは野球・陸上・相撲・ラグビーなど多岐にわたる。スポーツが好き過ぎて、甲子園で校歌を数回聞くと覚えてしまい、30校以上の校歌が歌える。スポーツ選手の生年月日・出身校も一度見たら覚える。高校野球YouTubeチャンネル「イセサンTV」を開設。ちまたでは「スポーツWikipedia」と称される。
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