〈第4回〉天理レスリングの申し子/小池邦徳さん×伊勢谷スポーツ俱楽部【後編】

「天理レスリングの壮大な可能性」

私は天理スポーツと聞くと野球、ラグビー、柔道などが頭に浮かび、正直レスリングはあまり認知できていなかった。小池さんはそんな私に天理レスリングの魅力、なぜ天理スポーツにレスリングが必要なのかを情熱的に語ってくれた。今回は天理レスリングの可能性に迫っていく。

なくてはならない毎朝のおつとめ

―レフリーとして世界を飛び回る中で、お道の教えが生きていると感じることはありますか?

今年からレフリーコミッション(世界審判界の最高位)の6人に選ばれ、各大会の審判長をするようになりました。レフリーの割り振りと評価、計量の責任者の他、チャレンジ(判定に異議があった際に、審判団がVTRで再確認する)の判定をするんです。

私の判定で勝者と敗者が決まるので、恨みを買うこともあります。判定に情が入る時もありますが、絶対に惑わされてはいけないんです。「自分」をきちんと持っていないとできないし、判定でミスを犯したら今の立場を失います。腹を決めないとできない本当に重い立場です。

私は海外でも毎朝おつとめをしているんですが、そのおかげで「自分が作れている」ことに気付いたんです。自分が作れると、自信と責任を持って判定を下せる。おかげで恨みを買う怖さ、判定を下す苦しさを超えられるんです。
レフリーは朝が早く、おつとめができないこともありますが、時間ができたら一目散におつとめをしていますね。

―それは神様に守られているという感覚ですか?

分かりません(笑)。おつとめをすることでスイッチが入るので、私が頼り切っている感じです。

―「神様にもたれる」ってそういう感覚なんですかね。

そんなキレイに言ってもらってありがとうございます(笑)

「小池は天理教を信仰しているからここまでこれたんだね」

―話を聞いているとすごい出会いやお導きが詰まった人生ですよね。

先祖のおかげとしか思えないですよね。私の力なんて何もなくて、全て誰かが繋げてくれて導いてくれている。「あの場面であの判断がよくできたな」と思う時があるんですが、祖父母や両親のおかげとしか思えないんです。自分の力では有得ない現実が起きているからこそ、本当に強く実感しています。

ロンドン五輪に選ばれなかったことも有難いと思っています。たとえ選ばれていたとしても、絶対に失敗しているはずです。楽しめていないし、我が出たし、選手へのリスペクトもなかったと思います。

―なぜ楽しめていなかったと思いますか?

怖かったでしょうね。何でここにいるのか、自分の割に合っていなかったというか。そんな気持ちでいたら、大きな失敗をしてレフリー人生が終わっていたと思います。外してもらったおかげで、レスリングが更に好きになる10年を送れたし、レフリー仲間も増えて信頼してもらえるようになった。我慢の時間を与えていただいたんですね。
それに「俺はうまい」と勘違いしただろうし、日本で「俺はオリンピックレフリーだぞ」という我を出して、きっと潰れていたと思います。

選手へのリスペクトも足りていませんでした。フェアなレフリングは意識していましたが、オリンピックに出るための選手の血の滲む努力を分かっていなかったと思います。分かるか分からないかで、判定を下す重みが全く違う。この判定で人生が変わるかもしれない、選手の背景を感じないと判定が軽くなるんです。 今、若手のレフリーを見ていると、杓子定規で判定して、自分はうまいと思い込み、聞く耳を持たない人もいます。まるで昔の自分を見ているようです。それだと選手から信頼してもらえないんです。判定に文句を言われたり、説明を求められ時に端的かつ誠実に説明できないといけない。「いや、こう思ったからです」なんて曖昧なことを言ったらアウトです。

レフリーは脇役なんです。いかに選手を輝かせられるかが大切で、それを一生に一度あるかないかの自国開催の舞台でつとめることができた。自分になせる業ではなく、天理があったからとしか思えないんです。

私のレフリー仲間はみんな言いますよ、「小池は天理教を信仰しているからここまで来たんだな」って。親々がお道を通ってくれたおかげとしか思えないんです。

―天理でレスリングができたことも大きかったですか?

人との出会いが違います。「ここまで私のことを考えてくれるのか」、そう思える方とたくさん出会えました。家族のことまで気にかけてくれるんです。私は教校学園につとめてから、年間120日を海外で過ごす年もありました。そんな私のことを学校の先生方や周りの方が気にかけ、サポートしてくださいました。

何より家族です。中学生の娘はバレーをしていて、下の子どもは家にいるので、あらき寮の他の職員家族の方がバレーの送迎をしてくれたり、子どもの面倒をみてくれたりして、そんな環境は他にないですよね。ある日の晩、妻と新生児の娘が発熱して、さらに娘が重篤になり、妻が一人で対処してくれたんです。帰国後に話を聞いて「すみません」としか言えませんでした(笑)。国際レフリーは離婚している方が多いんです。私は天理以外で今の立場だったら、レフリーを辞めています。

また教校学園で同じような立場の先生がおられ、「そんなんうちも一緒やで!」って笑い飛ばしてくれて、心が救われていました。学校業務でもご迷惑をおかけしているのに、先生方が頑張れよと応援してくださる。天理の温かさがなかったら無理でしたね。

レスリングは最も「世界」を知れるスポーツ!

―今後の夢はありますか?

レスリングが天理スポーツの一環として認知されること、そして海外から天理に来てもらうことです。野球やラグビー、柔道に比べマイナーですが、レスリングには魅力がたくさんあります。レスリングは世界に近くて、トップにも近いんです。スポーツが苦手でも、特技はなくてもレスリングなら世界やトップを目指せます。

―世界に近いメリットはなんですか?

トップの景色や異文化を知れます。世界は絶対に知ったほうがいいし、視野は絶対に広いほうがいいです。自分の悩みなんて屁みたいなものになるんです。生きていることを本当に実感できます。だからこそ、レスリングが天理スポーツの一環に認知されることを夢見ています。

―世界を知るって大切なんですね。

日本の素晴らしさを知れます。海外の多くはゴミの分別がなく、何でも一緒に捨てるんです。レフリーの控室でもゴミを捨てずに帰るので、日本のレフリーの方とゴミ捨てをするようになったんです。東京五輪でもゴミ捨てをしていたら、海外の大勢の方が賞賛をしてくれたんです。

また日本人選手が礼をしてマットに入る姿、負けても露骨に悔しがらない姿を、海外の多くの方が「日本の姿はキレイだ」と言ってくださったんです。日本で当たり前にやっていることが、海外の方の目には素晴らしく映っていることをまざまざと感じます。

最近も生徒にこんな話をしました。「『井の中の蛙大海を知らず』って言うよね。でも続きがあるんだよ、『されど空の深さを知る』。だから、おぢばで教えられていることを一生懸命やったら、世間に出た時に何の問題もなく通用するよ」って。本当にその通りだと思います。

イスラムのモスクに行った時、脱いだ靴が散乱していたんです。それが普通で、揃えるときれい、履きやすいって発想がないんです。なので、靴を揃えると間違いなく賞賛をされます。

―悩みが屁みたいなことだと思った経験は何ですか?

海外には生きることに必死な方もいます。その日暮らし、明日の保証がない方もいる。守りに入っている自分の悩みが小さく感じるんです。すぐにまた悩むんですけど、考えが広がるんですよね。

すべての原動力は情熱!

―レスリングをしていてよかったことありますか?

勇気を持って一歩を踏み出せるんですよね。レスリングは肌を合わせるコンタクトスポーツなので、自信が付くように思うんです。実行に移せるし、経験を積み重ねられるのが大きいですね。

先日、天理に伊調馨選手を呼んで「第一回奈良県・天理レスリングフェスティバル」を開催したんですが、実行できたのは情熱と仲間のおかげなんです。それが勇気を持たせてくれました。強いチームや元気のいい組織は情熱が異常なんです。今の私の合言葉は「情熱」です。それが仲間を呼び、人を動かす。情熱を持った人の言葉は響くし、勇気をくれる。今の私の情熱の対象はレスリングですね。

―「天理レスリング」の魅力を教えてください。

天理のレスリングは、岡田先生が親里高校に赴任してきたことから始まりました。レスリングをするつもりはなかったんですが、生徒からレスリングがしたいという声が上がり、最初はあらき寮の食堂の横にマットを引いて練習していたんです。

その後、天理レスリング会会長の飯降先生が「忍耐・努力・感謝」という言葉を作って下さいました。私は忍耐がミソだと思います。今は我慢が求められなくなっていますが、耐えるって大事だと思うんです。耐えたからこそ、認められたり、信用されたり、自分の立ち位置が分かったり。それができる人間は「潜在能力が高まる」と伝えています。

レスリングは一対一の勝負なので、嬉しいし悔しいんです。一対一だから自分の責任なんです。レスリングは裸に近いし、武器はないし、体重が一緒なのでフェアなんです。努力したことが認められるスポーツだし、言い訳がきかないです。

先日、教校学園の卒業生で天理大学へ進学した教え子が西日本大会で優勝したんです。彼は中学時代は肥満体系のいじめられっ子でした。高校時代も成績は残せなかったんですが、我慢して、コツコツ努力して、文句を言わずに頑張ったからこそ、最後に報われたのが嬉しかったんです。

レスリングが教えてくれたお道の可能性

―なるほど。では天理スポーツに「レスリングが必要だ」と思える一番の理由はなんですか?

世界に近くて、人が集まり、フェアである、こんなスポーツはないです。

レスリングは年齢カテゴリーが細かい(U-15、U-17など)ので世界に行ける可能性が高く、スタッフで携わる方も多くいます。中央アジアやアフリカなど世界広域に広がっているので、レスリングという共通のものがあれば勝手に仲良くなれますよ。

以前、北朝鮮と韓国のレフリーと一緒にごはんを食べたんです。お酒も飲んで、レスリングの話で盛り上がって。国に対しての感情はあるでしょうけど、個人には罪がないじゃないですか。楽しかったし、民間ではそんなもんなんです。

ウクライナとロシアのレフリーとも仲良いし、ベラルーシの方ともみんなでお酒を飲みました。いまアゼルバイジャンとアルメニアが紛争をしていますが、レフリー同士は冗談を言って仲が良いんです。

―ニュースでは首脳同士の話しか流れないから、陽気ぐらしって実現するのかなって思いがちですよね。

本当にそうです。仲間内同士は本当に仲が良いんです。

海外の方はおぢばに好感を持ってもらえると思うんです。キレイだし、街並みが素晴らしい。トレーニングで日本に来たいと言っている仲間はたくさんいます。現在も台湾と交流があるので、来てもらうチャンスはあるんですが、後はお金の問題です。
ウズベキスタン人、カザフスタン人に出会ったことありますか?レスリングのおかげで、彼らとも仲良くなれてさまざまな話ができるんです。私は旧ソ連のアゼルバイジャンの市長とも友達なんですが、レスリングをしていなかったら出会えていないです。

先日、カザフスタンに行ったんです。それをSNSで流したら、カザフスタン出身の元大相撲力士の風富山(かざふざん)が連絡をくれて来てくれたんです。日本語が流暢で、現地で通訳をしてくれたんです。こんな出会いがあるのって!笑

―私がカザフスタンの方をおぢばにお連れするイメージは付かないですけど、小池さんならできそうですね。笑

色々な国や地域の方と仲が良いですからね。それはレスリングでの出会いなので、本当に可能性を秘めたスポーツです。海外の方に神殿を案内したら喜ぶと思いますね。みなさん宗教に対する抵抗感は全くないですからね。

彼らにとって、日本は本当に興味深い国なんです。東京五輪でロシアの審判員が「日本人はエレベーター乗った時にみんな会釈をしてくれる。ボタンも押してくれる。本当に興味深い、また来たい」そう言っていました。ホスピタリティに感動するんですよね。天理はその巣窟じゃないですか、可能性しかないですよね。

だからこそ仲間を増やして、天理ファンを増やして、情熱的にやりたいですね。

伊勢谷の振り返り

「日本人の礼儀正しさや優しさが、そんなに世界で評価されてるのか!」
「海外の方が天理に来たら、すぐに天理ファンになってくれるよな!」
「レスリングだったら、世界中の方に天理に来てもらえるやん!!」

取材後、私の頭の中はそんなワクワク感に支配され、「レスリングでお道の素晴らしさを世界に発信できるぞ」と壮大な可能性を友人に語っていた。まさに興奮していたのだ。

すると彼は共感しつつ「世界で評価されているってことは、近所に住む海外の方に、俺の姿でお道の素晴らしさが伝わるかもしれないな」と冷静に語ってくれた。

レスリングは私に壮大な可能性を感じさせてくれた一方で、日々の姿こそが大切で、一番「伝わる」ということを教えてくれた。

そして、更に膨らんだ夢やワクワク感を小池さんのように形にしていきたい。

(文=伊勢谷和海 写真=南笑平)

小池邦徳さん/KOIKE KUNINORI

1980年北海道生まれ、。里高校でレスリングをはじめ、天理大学時代は西日本大会3位になるなど活躍。あらき寮幹事時代に選手として国体に出場しながら、レフリーの資格を習得。2007年国際レフリーに合格、その後2011年に国際レフリー1S級を習得。レフリーとしてユース五輪、世界選手権など数々の大舞台を経験して、2021年東京五輪のレフリーをつとめた。現在、世界約40か国を飛びまわる国際レフリーとして活躍中。天理大学レスリング監督、天理教校学園高校教員。

伊勢谷和海/ ISETANI KAZUMI

1984年愛知県生まれ。天理高校、天理大学卒業後、天理高校職員(北寮幹事)として勤務。好きなスポーツは野球・陸上・相撲・ラグビーなど多岐にわたる。スポーツが好き過ぎて、甲子園で校歌を数回聞くと覚えてしまい、30校以上の校歌が歌える。スポーツ選手の生年月日・出身校も一度見たら覚える。高校野球YouTubeチャンネル「イセサンTV」を開設。ちまたでは「スポーツWikipedia」と称される。

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