シュウヨウカメモリーズ#4

今回インタビューしたのは、泉敏雄さんだ。

泉さんは本部勤務を終えた後、大阪で働き始めたことをきっかけに信仰から遠ざかっていた。

そんな泉さんは4月から修養科に入ることに。そこで学んだことは「信仰は日々」ということだった。

第4回目のシュウヨウカメモリーズは、そんな彼の修養科でのメモリーをお届けする。

今回インタビューしたのは

Name:泉敏雄さん
Age : 34歳
From :京都

社会で働くようになってから天理教とは疎遠に

天理高校時代、ラグビー部に所属していた泉さん。天理大学に進学してからもラグビー部に入部したが、大学一年生の途中で怪我に悩まされ辞めることに。ちょうどその頃、友人に誘われて入ったのが学生会だという。

「誘われてから、よくひのきしんや行事に参加するようになりました。気がつけば大学4年間は学生会が中心の生活でしたね」

学生会に熱心に取り組んでいたからにはよっぽど天理教の信仰が好きなのだろう、との記者の予想とは裏腹に、泉さんは信仰に対してわりとあっさりしていた。

「お道が特別に好きというわけではありませんでした。中学校を卒業するまでは大教会(亀岡)で生活させてもらっていたので、好き嫌いというよりかは、信仰が当たり前の生活でした。あと、周りに良い方が多かったので、天理教に反発することもありませんでした」

大学卒業後は、本部勤務者として学生担当委員会に3年間勤めた。本部勤務を終えた後は、「社会に出て経験を積みたい」と父親を説得し大阪で働くことに。仕事をするようになってから、少しずつ信仰とは疎遠になっていったという。

「仕事では会社の利益に貢献できるよう尽力していました。ひのきしんと営利目的とのギャップに戸惑う部分もありましたが、やり甲斐もあり、充実していました」

仕事を始めてからは、自ら求めて教会やおぢばに行くことは少なくなったという。

「天理教から離れたいと思ったことはありませんでしたが、そこまで信仰熱心でもなかったので自然と信仰から遠ざかっていました。優先順位は仕事が先になっていましたね」

タイミングが重なり修養科へ

とはいえ、今後の天理教との向き合い方についてはいつも頭の片隅にはあったと語る泉さん。今年、結婚を控えていたこともあり、両親とも相談して4月から修養科に入ることに決めた。

「『行くなら今のうちかな』くらいの軽い気持ちでした。ですが、クラスメイトをはじめ、いろんな方との出会いが自分の信仰を見つめ直すきっかけになりました」

4月から始まった修養科。起床時間もだんだんと早くなる時期である。記者が「大変でしたか?」と聞くと、意外な答えが返ってきた。

「朝起きには自信があるんです。学生会時代に鍛えてもらったおかげですね。それよりも、時間に余裕があることの方が大変でした。自分自身が何を求めてどう過ごすかを日々自問自答していました。楽をしようと思えばいくらでも楽をできますし、せっかく修養科に来ているのだから、ひのきしんをするのも、神殿へ参拝に行くのも自分次第なので、葛藤が多かったです

毎日神殿へ参拝をしに行こう

修養科生活中の過ごし方について考えていた泉さんは、同じ直属の同期と話し合い、ある心定めをした。

「亀岡からの修養科生は私以外にもう一人、10代の男の子も一緒でした。私は彼と話し合って、毎日一回、神殿で参拝をしようと二人で心定めをしました。一緒に行けないときでも、『一人で参拝に行った』と聞いたときは自分も頑張ろうと思えました」

クラスみんなでお願いづとめ

1番組係をつとめた泉さん。特にクラスメイトとのコミュニケーションを意識したという。

「クラスの雰囲気はとても良かったと思います。いい意味で真面目すぎないというか、私自身、ありのままの自分でクラスメイトと接することができました。2ヶ月目のある日、クラスメイトの一人が父親の身上を告白してくれました。みんなで話し合い、クラス全体で3日間のお願いづとめをさせていただくことに決めました。クラスの心が一つになった瞬間でした。その感動は今でも覚えています

「にをい」は伝えるものではなく、伝わるもの

記者が「何か印象に残っている言葉はありますか?」と尋ねると、「いっぱいありますよー」と笑顔で答え、その中から特に印象的だったというエピソードを話してくれた。

「教典の授業で、副担任の先生が『“にをいがけ”と“布教活動”は違う。良いにをいを出していると良い人が寄ってくる、悪いにをいを出していると悪い人が寄ってくる』という話をしてくれました」

「普段の態度、行いがにをいとなり、自然と相手に伝わる。やろうと思えば形の上での布教活動はできる。それは、今まで学生会でもやってきたことでした。では果たして、私の普段の態度、また、自分が意識していない時の私は良いにをいがしているのか。そのことについて深く考えることは今までありませんでしたので、修養科に来て改めて自分の『にをい』を振り返るきっかけになりました

信仰は日常

副担任の先生の話から、「にをい」を意識するようになったという泉さん。そんな中、クラスメイトから嬉しい言葉を言われるようになった。

「修養科の後半になってから、クラスメイトに『泉さんはいつも笑顔で、話しかけやすい』と言われるようになりました。私は相手を否定することが少ない性格なので、接しやすかったのかもしれません。今まではそういったことをあまり気にせずに人と接してきましたが、『にをい』を意識するようになってからは、話しやすさは自分の徳分かもしれないと思えるようになりました」

修養科に入る前は、仕事に夢中で信仰から遠ざかっていたと教えてくれた泉さんだったが、行事に参加したり、にをいがけやひのきしんをすることだけが信仰なのではなく、日々の通り方も信仰なのだとあらためて感じたという。そして今後の展望についてこう語ってくれた。

「日頃からのにをいを意識して、良い匂いのする人になりたいです。そして、こらからも笑顔や親しみやすい声かけを意識していきます」

続けて

「これまでは、自分の生活に都合のいいように教えを当てはめていたように思います。今後は教えに照らし合わせて、自分の生活を見つめ直していきたいと思います。その上で、おつとめやひのきしんなど、基本的な部分もしっかりつとめていきたいです」

おわりに

「布教とにをいがけは違う」

「行事に参加することだけが信仰ではなく、毎日の通り方が信仰」

この2つはインタビュー中に特に印象に残った言葉である。

インタビューの前半に泉さんは、仕事をするようになってから、行事やひのきしん、布教活動がなかなかできず、信仰から遠ざかっていたと語ってくれた。だが、インタビュー中に終始笑顔で答えてくれた泉さんからは、間違いなく「良いにをい」がした。本人は「信仰から遠ざかっていた」と言うが、当時から“にをいがけ”をしていたに違いないと感じた。

修養科とは

そこには⼀⼈ひとりのドラマがあり、かけがえのない思い出となってそれぞれの胸に刻まれていく。3ヶ月間、親神様・教祖のお膝元で様々な人々が、寝食を共にし、教えを学び、“陽気ぐらし”という人間本来の生き方を学ぶ場所。それが修養科である。

⼈類のふるさと、おぢばに伏せ込む3ヶ⽉。全国各地から⽼若男⼥が寄り集い、共に過ごす時間の中で信仰を深めるとっておきの時間。

>>修養科のホームページはこちら