
公園のベンチで見つけた手袋
先日、息子を連れて近所の公園に行った。
滑り台やブランコで遊び回る息子をベンチから眺めていると、足元に小さなビニール袋が置いてあるのに気づいた。中には、まだ新しい子ども用の手袋が片方だけ入っている。
そして、ビニール袋の表には、マジックでこう書かれていた。
「どうか、落とし主の元へ届きますように。」
拾った人が、誰か分からないその子のことを思って、わざわざ袋に入れ、言葉を書いて、ここに置いたのだと思うと、胸が少し温かくなった。
落とし物を拾うこと自体は、そう珍しいことではなく、私にも経験がある。交番に届ける、管理人に預けるなど、それだけでも十分立派な行いだが、この袋には「困っている誰かを思う心」「名も知らぬ人の助かりを願う心」
まさに誠真実が、書き残された言葉によって、たくさん詰まっている気がした。
「はやく見つかるといいな!」
息子が走って戻ってきて、手袋を見て言った。
「これ、だれの?」
「忘れ物やな。困ってるやろな。」
そう答えると、息子はしばらく袋を見つめて、「はやく見つかるといいな!」と言った。
そのやさしい言葉を聞いて、また胸が温かくなった。
一つの言葉優しいというは、誠の心である
神様のお言葉に、
一つの言葉優しいというは、誠の心である(おさしづ 明治21年)
とある。
普段から、妻や親と言い合いにならないように、余計な一言に気をつけているが、思い返せば、やさしい言葉を掛けていたかというと、そうとは言えない。
公園を後にする時、私はもう一度、その袋を振り返った。手袋が無事に持ち主の元へ帰るかどうかは分からないが、手を合わせ、「どうか、落とし主の元へ届きますように。」と祈った。
誰かに見られるためでもなく、評価されるためでもなく、ただ、相手の助かりを願って動く。そして、やさしい言葉が、やさしい世界を作っていくのだと思う。
それは、ほんの小さなことかもしれないが、その心遣いは、確かに誰かの心を温め、人の心を動かしていくと感じた。日常でやさしい言葉が自然に出てくる自分になれるよう、誠真実の心を働かせていきたい。

「余計な一言を言わない」ことと「やさしい言葉を掛ける」ことは別物だった。言い合いを避けることには気をつけていたが、やさしい言葉を積極的に掛けていたかというと、そうではなかった。やさしい言葉が、やさしい世界をつくる。
誠を意識して変えた行動
- 「言わない」だけでなく「掛ける」を意識する
余計な一言を避けるだけでなく、やさしい言葉を積極的に相手に掛ける。 - 見返りを求めず、相手の助かりを願って動く
誰に見られるためでもなく、ただ相手のために心を使う。 - 息子の「はやく見つかるといいな!」を自分の鏡にする
素直にやさしい言葉が出る心を、日常の中で育てていく。
今回の学び
一つの言葉優しいというは、誠の心である。やさしい言葉を掛けることは小さなことかもしれないが、確かに誰かの心を温め、やさしい世界を作っていく力がある。
(日下部一宗))