世界で発見!こんなところにようぼく#1 

世界には日本で暮らしていてはおよそ想像のできない生活がある。そこには価値観が全く違うからこそ感じる信仰の素晴らしさがあるはず。「世界で発見、こんなところにようぼく」では、仕事や結婚など何かしらの理由から遠く海外に住む教友の信仰生活に迫っていく。

日本から約13,082 km、カリブ海に浮かぶ島国「ハイチ共和国」。そこに今回取材するようぼくがいる。在ハイチ日本国大使館三等書記官として駐在する大黒和親さん。国民の一日の平均生活費が2ドルを下回る「西半球最貧国」と言われるハイチ共和国。そこで感じる信仰の喜びを聞いた。

ハイチってどんな国?

ハイチは西インド諸島中部の国。カリブ海の北側をとりまく大アンティル諸島のなかでキューバ島に次いで二番目に大きいイスパニョーラ島の西側3分の1を占めている。正式名称はハイチ共和国で、東側はドミニカ共和国と接していてる 。1804年、南北アメリカ大陸ではアメリカ合衆国に次いで二番目に、ラテンアメリカ(中南米)では最初に独立を達成した。また、フランス語を公用語とするラテンアメリカ唯一の国である。

今回インタビューしたのは

Name:大黒和親かずとしさん(東本、本真琴)
Age : 31歳
From :ハイチ

2013年 天理大学国際文化学部卒業。
2013年〜2016年 在ジブチ日本国大使館 在外公館派遣員。
2016年〜2020年 外務省国際協力局国別開発協力第三課 外務事務官
2020年〜現在 在ハイチ日本国大使館 三等書記官

価値観を広げてくれた海外での経験

大学生時代、フランス留学での写真

外国語が話せればカッコいい!?

現在、ハイチ共和国に駐在する大黒さん。日々の業務も日常会話もフランス語でこなす大黒さんだが、彼がフランス語を学び始めた理由は意外とユニークなものだった。

高校生活も終わりに差し掛かり、何か新しいことを始めたかった私は考えた末、外国語を話せれば進路にも有利だし、何よりモテると思い、語学を勉強することにしました。天理大学は外国語の学習に力を入れていたのでそれも後押しになりました。

ところが、私は高校三年間部活動(剣道部)に専念していたので、英語の勉強を全くしてこなかったんです(大黒さんは千葉県のスポーツ名門高・市立船橋高校体育科卒業)。そんな私が大学に入学してから英語を学び始めても、他の人との差は歴然でした。そこで、母国語としては世界で二番目に多くの国・地域で話されているフランス語を専攻することにしたんです。

「今思うと極めて安易な考えですけどね(笑)」

世界に興味を持つようになったフィリピン布教

はじめは軽い気持ちで始めたフランス語だったが、本格的に「世界」を意識するようになったきっかけを話してくれた。

私がはじめて海外に行ったのは大学一年生のときです。天理教東本分会の「青年会別動隊」という企画でフィリピンに布教とおたすけに行ったのがきっかけです。恥ずかしい話ですが、誘われた当時、私はまだようぼくではありませんでした。なので、出発直前に「おさづけの理」を急いで拝戴したのを覚えています。

フィリピンについてからは、ひたすらおさづけを取り次がせてもらいました。それまでの私は「おさづけなんて本当に効くのか」と半信半疑でした。ところが「あなたのおさづけが効きました」と言ってくれる人がいたんです。「こんな自分でも誰かの役にたてるんだ」と感動したのを覚えています。そこから「世界」に興味を持つようになりました。

フランスでアフリカ出身の家庭にホームステイ

天理大学在学中に一年間のフランス留学を経験した大黒さん。ホームステイ先での生活で、アフリカに関心をもったという。

私のホームステイを受け入れてくれたのは、アフリカ・コンゴ民主共和国から移住してきた家庭でした。アフリカにはもともとフランスの植民地だった国が何カ国かあります。その関係で、今でもフランスにはたくさんのアフリカからの移民が住んでいます。

ホームステイの初日、ホストマザーに「今晩はご馳走よ!」と言われ、楽しみにしていた私の目の前にメイン料理として出てきたのは、「バナナの丸焼き」でした。

「いや、フランス料理じゃないんかい!」ってツッコミそうになりました(笑)

かたや、私の友人が滞在していた家では、いわゆる豪華なフランス料理が振る舞われていましたが、私の滞在中はそのバナナが毎日でてきました(笑)

決して裕福とはいえない家庭でしたが、とても明るく、陽気な家族でした。私は彼らとの生活をとおして、アフリカに好感を持ち、実際に赴いて生活をしてみたいなと考えるようになりました。

「たすけ心」で挑む、国際貢献

現在の職場での写真

外務省在外公館派遣員としてアフリカへ

大学卒業後、外務省在外公館派遣員制度に合格し、ジブチ共和国に赴任した。そこで待っていたのは最高気温が71.5度を記録したともいわれる過酷な環境だったという。

自ら希望したアフリカ行きでしたが、現実の厳しさを知りました。ジブチが位置するのは、アフリカ北東部の灼熱地帯で普段でも40度超えは当たり前です。また、蛇口をひねると水が出るといった日本では当たり前だと思っていたことが、いかにありがたいことだったか気づかされましたね。現地の文化や価値観を知ることで視野が広がり、日本を見つめ直す機会にもなりました。

「外務省在外公館派遣員」として2年間の赴任を終えた大黒さんは、その後外務省に採用され、外務省国際協力局にて開発協力分野の業務を経て、2020年4月より在ハイチ日本国大使館三等書記官としてハイチ共和国に駐在することに。ハイチの治安は非常に危険なレベルで、渡航中止勧告が発出されており、一般人の渡航は推奨されていないという。それに加えて、大半の国民の一日の平均生活費が2ドルを下回る「西半球最貧国」であることも教えてくれた。

ハイチは、長年にわたる政情不安、地震やハリケーン等の自然災害、コレラをはじめとする様々な伝染病、武装集団(ギャング)による治安悪化等により、経済的に極めて厳しい状況で、日々、これらの何らかの要因で犠牲となる人たちが後を絶えません。病苦にさいなまれ、災厄におそわれ、様々な事情によりその身の不幸をなげいている人が多く、生死と隣り合わせのこの環境下において、いかに今生きていることが当たり前でなく有難いことだと日々感じさせられます。

私は千葉県流山市にある分教会で生まれ育ちましたが、正直、天理教の信仰については、深く教理を理解せず「まぁおつとめしておくか」くらいの軽い気持ちでした。それくらい生活環境に恵まれていたと思います。ですが、厳しい環境下において、いわゆる赤貧のどん底で生活する人々の姿を目の当たりにすると、教祖がおつとめを急き込まれた理由を少し感じられた気がします。

自分にできることを模索する日々

毎日のおつとめは欠かないという大黒さん。そこにある思いを明かしてくれた。

現職では、政府開発援助(ODA)として、食糧援助などをはじめとしたハイチへの日本の支援に携わっておりますが、一個人としては、この国の政情治安や治安悪化等の問題解消に直接的に寄与することは難しいので、じゃあ、自分には何ができるのかと考えたときに頭に浮かんだのが「おつとめ」でした。

『せかいぢうむねのうちよりこのそふぢ 神がほふけやしかとみていよ 三 52』

『せかいにもどんないんねんもある。善きいんねんもあれば、悪いいんねんもある。』

とあるように、この地に居るいんねんを深く感じ取り、神様の思召におすがりできるように毎日のおつとめは欠かさないようにしています。

続けて、海外に駐在するときは必ず『天理教教典』を携えていることも教えてくれた。

信仰を忘れそうになるときは教典に書かれている言葉を思い出すようにしています。特に印象的な言葉は66ページに出てくる『おさしづ』です。

『人間というものは、身はかりもの、心一つが我のもの。たった一つの心より、どんな理も日々出る。どんな理も受け取る中に、自由自在という理を聞き分け。(明治二二・二・一四)』

『自由自在は、何処にあるとは思うな。めん/\の心、常々に誠あるのが、自由自在という。(明治二一・一二・七)』

ハイチでの生活で、「自由自在」という言葉に真摯に向き合っています。生まれた時からの貧困や病気等様々な理由により、日本人には到底考えられないような壮絶な人生を送ってきた人々に対して、それがあさはかな人間心や銘々の勝手気ままの現れであるとは思えませんが、このような人々と実際に接する機会を通じて、自分の心を見つめ直し、今後の自分の心の使い方を意識しつつ、世界に貢献できる人材になれるように頑張りたいと思います。

おわりに

大黒さんはインタビューの最後に現在の仕事を遂行していくことについてこう話してくれた。

外交官というと国際舞台で華々しく活躍するイメージがあるかもしれませんが、実は表には見えない業務がほとんどです。体力的にも精神的にも辛いことが多いですが、柔軟性や忍耐力をもって喜んで業務させていただくという気持ちが必要だと思っています。

その支えになっているのは、インタビューでも語ってくれた、「おつとめ」を欠かさないことや『天理教教典』に答えを求める、彼の純粋な信仰であることは間違いないと感じた。